保険審査の質を上げるために

「保険審査への疑問」に対する審査委員からの意見 ,保険審査の内情、そして今後の改革点を読んで  朝日メディカル2000年9月号(P86-88)

 保険の診療報酬請求書(レセプト)の審査に関しては、正当な医療行為である のに理不尽な減点査定を受けた、審査員あるいは都道府県によって査定の基準が 違うのはおかしい、などの不満を良く聞きますし、私も経験があります。

 保険審査では、医療行為が正当であると判断する大まかな基準として、診療行為については、「医科点数表の解釈」が、薬剤については「日本医薬品集」の効 能・効果及び用法・用量が、用いられますが、このような保険審査の問題が生じ る原因として、以下の点が考えられます。「医科点数表の解釈」は全ての医療行 為を網羅しているわけではないので、記載されていない事項があったり、「日本 医薬品集」の記載が明確でなかったりするために、審査は、審査員の解釈により 行われるが、審査員によって解釈が異なることがあります。審査員の数が少ない ため、自分の専門分野以外のレセプトを審査する場合や、新しい知識が不足して いる場合は、問題のある審査が起こりやすくなるでしょう。また、特に、最新の 検査や治療法は、これらの本に収載されるのには時間がかかるために、学会で広 く認められた医療行為でも、審査では査定されてしまうことになります。また、 各都道府県単位では、審査委員会全体として審査基準のすり合わせがあるようで すが、全国共通の基準はないため、県により、基準が違ってきます。


 さて、では、これらの問題点に、どう対処したらよいでしょうか。良く聞く意見として、全国共通のしっかりした審査基準を作るべきだというものがあります。 しかし、私は反対です。なぜなら、医療費抑制が声高に叫ばれる現時点で、共通基準を決めるとなれば、医療を抑制するような厳しい基準となることが予想され るからです。また、共通基準により、医師ではなく、事務員やコンピュータが、 機械的に、診療行為のチェックを行い、基準からはずれたものは全て査定される ようになるでしょう。これらは、必要な診療行為まで抑制させて、医療の質を低 下させる結果になります。

 実際の診療では、マニュアルに従って機械的に治療を行うのではなく、一人一 人の患者さんのその時その時の病状に応じて、担当医師の裁量で、臨機応変に、 対応する必要があります。それが質の高い医療です。事務員やコンピューターで はなく、医療の専門家である医師が審査をする意義は、この医師の裁量を、医学 の常識範囲内で認めることにあるはずです。従って、審査の基準を厳しくするよ り、また、審査員を敵視するより、審査の質を上げることが、問題のある審査を 減らすための良い対策であると考えます。


 保険審査の質を上げるために、まずは、審査員の数を増やす必要があるでしょ う。一人の審査員にかかる負担を減らすとともに、各専門分野をその専門の医師 が担当できるようにします。また、各学会は、医学的に認められている診療行為 は、保険審査でも認めるように、強く積極的に働きかけるべきです。

 個々の医師ができることも、色々あります。理不尽な査定が行われる原因として、 審査員の知識不足の可能性もありますので、様々な方法で、審査員の啓蒙を行う のが良いでしょう。以下のような方法があります。

1)査定されそうなレセプトには、コメントを書く
 基準からはずれた診療を行った場合は、その理由を、審査員が理解しやすいよ うに述べる

2)おかしいと思った査定には、必ず再審査請求を行う。
 このとき、具体的、論理的に、再審査を請求した理由を述べる

3)医師会や学会の組織を通じて、問題提起を行う
 当地では、郡市医師会の保険委員会に問題を提起すると、県医師会の保険委員 会に上げてくれて、検討してくれます。また、所属医師会で審査員をしている先 生に相談してみるという方法もあります。医会や学会も利用できます。  整形外科では全国審査委員会議があるそうですから、ここで検討してもらうの も良いでしょう。

4)審査委員会に面談審査を求める
 質の高い医療を行うためには、保険審査は、機械的に行うのではなく、医学的 に正当な医療行為は認めるという、ある程度柔軟な審査が望まれます。審査をた だ敵視するのではなく、審査の質を高めるという観点からの対応が必要です。


以上は以下の論説に関する意見です

朝日メディカル2000年9月号(P86-88)から引用します。

「保険審査への疑問」に対する審査委員からの意見

保険審査の内情、そして今後の改革点

(匿名希望)

 本誌6月号の特集記事、“どうしてカットされるのー「保険審査への疑 問」”に掲載された中川氏の論文と、いちかわ小児科クリニックの事例を中 心に問題点を提起した論説は、現在の保険による診療報酬支払制度のなか で、診療報酬請求書審査のあり方、とくに説明のない理不尽な査定に関して の改善の要求である。私は現在支払基金で審査委員をしているが、審査委員 としての立場から私見を述べ、保険審査のあり方と問題点について私なりに 考察してみることにした。

診療報酬支払制度

 保険による診療報酬支払制度は、昭和23年7月に制定された社会保険診 療報酬支払基金法(平成10年10月最終改正)に基づいている。主要な業務 は、迅速適正な支払いと診療報酬請求書の審査の2つである。今回問題にさ れている審査業務に関しては、以前からしばしば物議の的になっている。  診療報酬請求書の審査は、適正な審査が要求されるのはもちろんである。 適正な審査とは正当な医療行為が行われていれば、すべて認めることだ。審 査委員会は査定のための審査委員会ではなく、あらかじめ査定率の目標が決 まっているものでもない。では正当な医療行為とは何なのか、何か指標にな るものがあるのか、が問題点である。

 日進月歩の医療の現揚では、それを決める方法がないのも現実である。そ こで、現時点では保険医療機関及び保険医療養担当規則にのっとり、「医科 点数表の解釈」に記載されている範囲内での診療行為が保険診療上正当な医 療行為であり、疾患別の薬剤については日本医薬品情報センター編集の「日 本医薬品集」に記載されている効能・効果及び用法・用量から外れない医療 行為と、大まかに決められている。

審査委員会の現状

 審査委員会の構成は診療担当者を代表する者、保険者を代表する者、学識 経験者の3部門からそれぞれ同数ずづが選定されている。都道府県によって 多少異なると思うが、私が入っている審査会の構成は、内科、外科、小児科、 眼科、産婦人科、整形外科、耳鼻科、皮膚科、精神科、泌尿器科、歯科、合 80名近い構成である。各都道府県で多少の差はあっても、大方こんな構成 になっているのではないかと思われる。内科が三十数名と最も多くなって いるが、今日の細分化された専門分野を考えると、決して多い人数とも思え ない。

診療報酬請求書審査の実際

 事務官による請求書の受付、事務上の点点検、計数整理が行なわれた後、効果 的な審査のための事務共助がなされ、不備ある請求書に付箋が貼られた請求 書が各審査委員のもとに届けられる。

 審査委員会の診療報酬請求書の審査件数は、平成11年度の全国の月平均 をみると、おおよそ120万件となっており、審査員1人では、1カ月平均 13000件の審査をしたことになっている。請求書全部に目を通す必要のない 医療機関もあり、1人当たりの審査件数の多さでは仕事量の判断は難しいと 思われるが、審査員の考え方や能力により、審査時間はまちまちである。

 一生懸命診療した結果の1枚のレセプトは、ほんの数秒で審査されている こともある。1次審査のほかに一定点数以止(現在は8万点以上)の高点明 細書について審査する審査専門部会が別に設けられており、内科.外科を中 心にベテランの審査委員が当たっている。診療担当者または保険者から報酬 請求書に不服の申し出があった例については、再審査部会審査を行 い、早期に適正な処理が行われる。

 そのほかに審査委員会の円滑な運営を図り、審査結果の確認など審査全般 にわたり審議する審査運営委員会がある。審査期間中には、審査運営協議会 や特定の医療機関に対しての面接懇談も行われる。その月の審査期間中の最 終日に第2次審査会が開かれ、全委員の合意のもとに、その月に提出された 請求書の審査決定がされる。

私自身の審査会での仕事の内容

 私は保険者の推薦を受け、審査委員になって10年ほどになる。仕事の合 間をみて出席するが、審査委員会開催前に診療報酬請求書を用意してもらっ たり、土曜日こなど利用して審査に当たることが多い。審査は山積された請求 書の、主に病名、診療開始日、その月の診療日数、合計点数などに自を通し、 病名に対して著しく高い請求点数だったり、検査項目が多かったりする場合、 注意しで審査することにしている。

 審査上、どこかおかしい点があれば、返戻したり、赤ペンで査定したりする。 査定の理由は記号で書き込むことになる。その記号は、Aは適応と認められ ないもの、Bは過剰と認められるもの、Cは重複と認められるもの、DはA、 B、C以外で不適当、または不必要と認められるもの、の4つである。事務 上の過誤に関しては、Fは固定点数の誤り、Gは請求点数の集計の誤り、H は統計計算の誤り、Kはその他の記号で返戻となる。審査決定は最終日の2 次審査委員会で全員合議のもとに行われることになる。

 1次審査で審査する請求書の内容は、無床診療所の論求書から官公立病 院の入院部門の請求書審査まで、多様である。量的には無床診療所からの請 求書が圧倒的に多い。外科を標榜している無床診療所は、外科的な疾患ばか りでなく、いわゆる風邪症候群や腰痛、膝関節痛など整形外科的疾患が多く、 また、漢方薬を多用する診療所もあって、実際の審査に当たってにわかに本 を見たり、その道の専門家に開いたりする。

 審査専門部会は私が専門にしている分野の請求書を集めてくれているよう で、審査は比較的ラクである。再審査部会は毎月、保険者からの申し出分とし て100件ぐらいみているが、1次審査で自分が審査した分だけを再審査する わけでなく、ほかの審査委員が審査した分も再審査しなければならず、その ほうが苦痛な仕事である。′

目立つレセプト不備、委員の不勉強

 さて、掲載された2つの論文とも、臨床に真面目に取り組んでおられる先 生方が、理不尽な査定を受け、提訴までされたとのことである。審査会での 初めの対応のまずさや再審査請求後の審査員同士での意見不徹底、勉強不足 などもあったのかとも思う。審査会の不備が一気に露見した感じでもある。

 しかし一方では、現在の保険医療制度のなかで、請求されたレセプトのチ ェックを誰かがしなけれはならない現実もあるのではないだろうか。実際に は何が主病名なのかわからないほど多い病名の記載があったり(10種類以 上病名があることもある)、請求書こは記載する必要のない205円以下の薬 剤の多剤投与があったり、毎月必要とも思えない生化学検査、血液検査など が傾向的に行われていたりしている医療機関もあるのである。なかには診療 月日が抜けていたり、病名が抜けていたことさえある。

 限られた人数と日数で「多くの医療機関のレセプトをチェックするので、 審査委員がその病気について詳しく知らなかったり、思い違いをして査定し てしまったケースもあったろうと思う。私自身、全く臨床に携わっていな い分野の請求書や、漢方医学の請求書の審査もしているのである。

審査に全国一律はなし

 正当な医療行為とは、保険医療機関および保険医療養担当規則にのっと り、「医科点数表の解釈」に記載されている範囲内で、「日本医薬品集」記 載の効能・効畢、用法・用量の範囲内での診療行為であると述べたが、「医 科点数表の解釈」に記載されていない事項があったり、「日本医薬集」記 載があいまいで、解釈の仕方によってはどのようにでも取れることがある。 各県ごとの審査委員会で解釈に相違があり、全国一律の審査の決まりはない のである。

 中川氏のエリスロポイエチン製剤使用に関しても、各県まちまちの ようである。

日常よく使用される強力ミノファーゲンCは、皮膚疾患の他、慢性肝炎が適 応病名である。肝機能障害という病名でのレセプトが提出された場合、認め るか、認めないのか問題となるようで、各県で対応が決まっていない代表的 薬剤である。

 医療上どうしても必要と考えられている薬品でも、保険では認められない ものもある。現在は、低血圧麻酔と外科手術時の異常高血圧の緊急処置しか 適応がないとされる、注射用プロスタンデイン500も、肝臓手術や侵襲の大 きな手術後は、臓器血流を増加させる目的で繁用している施設が多いもの の、保険医療では認められない。

 「医科点数表の解釈」も不明確なところもあり、診療した医師によりどの ようにも解釈可能である。例えば術後処置の点数や、理学療法(簡単なもの) と消炎鎮痛処置などである。理学療法と消炎鎮痛処置の区別もあいまいのよ うな気もサす。処置では、42点にするか49点にするか、あるいは49点な のか75点なのか診療者が決めることであるが、病名からみるとどうしても 過大な処置点数の請求と思われるものもある。保険者からの再審査で、私自 身が容認せざるを得なかった事例もあった。1カ月の診療内容が1枚のレセ プトに集約され診療内容を勘案しながら審査するが、常に審査上多くの問 題が起こりうる環境にあることは事実である。種々の問題点や矛盾点を改善 するためには、どういう方策があるのであろうか。

分野ごとに審査委員の増員が不可欠

 審査委員の数を増やすことも、1つの方策である。細分化された医療の各 分野から、専門約知識と見識ある審査委員による審査が可能となる。また、 審査委員が高齢化しているという現実もあろう。医療の進歩に見合った審査 委見の年齢制限などもよい審査をするための要因にもなると思われる。審 査委員の任命に関しては、各県の医師会がかかわっていると思われるので、 指導カを発揮してもらいたい。.

 近い将来請求書の電子化が行われるようになれば、機械的に処理可能な部 分は能率アップとなり、各県ごとの格差もなくなるように思う。しかし、い まだに手書きの請求書が提出きれていたり、コ-ド化不能な病名の記載があ ったりするのである。

現状は再審査制度の利用を

 減点理由を明示せよとの意見もあるが、現在行われている適応外(A)、 過剰(B)、重複(C)、その他用法外(D)など記号での減点理由説明以上 は現時点では難しいように思われる。専門分野ごとのレセプト審査、審査委 員の増員といったことが可能であれば、査定レセプトに対しての理由説明 もできるようになるかもしれない。指摘されたように、表向きは審査会での 決定は全体会議の合意でなされることになっており、審査委員個人が決めた ことではないとされでいる。

 しかし、実際は審査委員個人の決定がそのまま決まってしまうのが実情な のである。審査委員会でも講師を招いたり、研究会を開いたり、よりよい審 査をするための努力はしているものの、診療報酬支払い上の開題点、疑問 点はまだまだ出てくると思われる。

 理不尽な査定を受けた場合、現時点では多少時間がかかっても、再審査制 度を利用するか、面接懇談を求めて審査会と話し合い、納得して欲しいと 思っている。

以上引用終了