「視点 医師会に対抗できる保険者機能の強化を」に対する私見

(2000年08月04日毎日新聞社説)

本田整形外科クリニック 本田忠


> 薬価改革、カルテの法制化、急性期と慢性期との病床区分、さらに極めつけは「受診抑制は困る」という理由で、70歳以上の薬剤の別途負担を撤廃させたことであろう。

反論

 医師は国民の健康を守る義務がございます。皆保険制度を堅持し、国民の皆様が安価で平等な医療を受けられるように論議を尽くすべきであると思います。毎日新聞の社説はいささか一方的なご意見かと思われます

「医師に求められる社会的責任」についての報告(リンク切れ 2021.7.10)

 以下の問題に関しましては、反対すべき理由があるからするのであって、医師の権益を守るとかそういう問題とは、根本的に異ると思われます。

1)薬価改革に関しましては

制度企画部会意見書 薬剤給付のあり方について(リンク切れ 2021.7.10)

日医の意見

薬漬け医療とは?(リンク切れ 2021.7.10)

 要はよい薬の価格を安くして、患者さんが安全に使えればよいということかと思います。しかし参照価格制では4900億円しかない薬価差解消を目的とするあまり、薬を安くするインセンティブが働かない。高止まりの懸念があるということかと思います。参照価格の設定次第では患者負担が高くなりすぎることや、新薬も参照価格で価格が低く抑えられると、製薬会社の開発意欲を低下させるおそれなどが指摘されている。厚生省の試案があまり出来が良くなかったに過ぎない。コンセンサスが得られなかった。薬価差は悪であるという一方的なステロタイプの誤解でしかない。いまは損耗費など医院の薬剤管理費程度の額にしかすぎない。

2)カルテの法制化に関しましては

日医の見解は以下のごとくです

診療情報の提供に関する指針(リンク切れ 2021.7.10)

カルテ開示の法制化を考える 私見です。

 癌の告知の問題や、医師対患者という微妙な関係に、なによりも法制化という概念になじまないということかと思います。契約社会ならいざ知らず、現在の日本のようなあいまいな社会で、そのような法制化は、意味がないと考えます。あくまでも医師の倫理規定で対処すべきです。

3)急性期と慢性期の病床区分

厚生省のご意見(リンク切れ 2021.7.10)

 患者さんの病態は千差万別であり、ここからが急性期でここからが慢性期と分けられるものではありません。机上の空論に過ぎない。なによりも、疾患別でなく、急性期、慢性期と分ければ混合病棟が出現します。 整形外科の患者さんの脇に肺癌の患者さんが入院することになる。管理する側が大変になります。単科の病室が複合科の病室になれば、看護婦さんは複数の科の能力が必要になります。医療事故も多発する可能性が高い。

4)70歳以上の薬剤の別途負担を撤廃

平成11年 国民生活基礎調査の概況 高齢者世帯の所得状況(リンク切れ 2021.7.10)

 老人の収入が若年者と同じになったと言う宣伝をしていますが、果たしてそうでしょうか。まだまだ、貧しい方が多い。国にお金がないからといって、平成9年に急激に患者さん全般の負担金を上げ、こんどまた負担金を上げた。弱者保護の立場からは、いささかドラステックな変化を与えすぎているのではないか、そのような方々の、負担金を急激に増すことで受診抑制が起これば、健康を維持できない。何事も病気は早期発見、早期治療が原則であり、それが結果的に、医療費を安く上げるということかと思います。一部の経済学者が言うところの、患者さんの負担金を上げ、コスト感覚を保たせると称して、気楽に受診できる環境を無くせば軽医療が圧迫され、患者さんは重症化してきてから受診することになる。一方医療費の75%は急性期医療で消費されているわけです。ここは価格弾力性がなく、選択の余地がない世界であります。コスト感覚は通用しない世界である。そういう単純なコスト論では割り切れない世界であるということかと思います。コスト感覚論は根本的におかしいわけです。市場開放論はそこを誤っている。先ずは早期発見、早期治療のためには患者負担を増やすべきではないと考えます。

市場開放論批判(リンク切れ 2021.7.10)


>約1800の会社健保が加入する被用者健保と中小企業の勤め人が加入する政
>府管掌健保、市町村が保険者となる国保などに分かれ、保険者だけで5000以
>上も分立している。

 経営がきびしいことは承知していますが、国保の零細化、健保の経費の冗漫な使用など細かく見ていけば結構な問題はあります。国保の体制の広域化、健保の保険以外の事業の縮小など保険者側で行うべきことは結構あります。


>情報公開は立ち遅れている。

 患者さんの求める情報を流すことはやぶさかではありませんが、問題は客観的な質の評価が極めて難しいということです。宣伝の仕方でどうにでもなる。世間に流布している名医100人のレベルを見てもわかる。信頼にたる情報を作るのは至難である。また、この手の論でいつも疑問のに思うのは、情報公開して質の良い病院がわかったことで、果たして問題が解決するのでしょうか?。たとえば信頼に足らない手術成績を、一方的に流せば、特定の病院に患者は集中します。特定の病院の機能はストップし、悪名高き3時間待ちの3分診察の状態が出現します。必要な患者さんが、必要な施設を受診できなくなる。大切なことは情報公開ではなくて、地域の中での患者さんの流れを適正にすることです。望ましい受診行動を宣伝すべきと考えます。地域における医療の専門家は医師であり、患者さんは、きごころのしれた地域のかかりつけ医に受診し、問題があれば、そこから患者さんではなく、かかりつけ医師が専門家として評価した信頼に足る病院に送り込むという流れを確立すべきと考えます。

地域医療計画

 地域医療計画で在院日数の削減が続けば、あるいは情報開示により、患者の特定病院集中が起これば、どういう医療分布になるか? 在院日数が12日前後になれば現在の1/4の急性期ベットで十分となります。50万人に1件程度の急性期病院があればよいことになるでしょう。現在の中小病院、市立病院など公的私的を問わず没落する。患者さんは広域で遠隔地まで行かないといかなければいけません。私の地域では人口70万ぐらいで1件か2件だけ。市立病院は残るでしょうが、日赤と労災はなくなる。周辺の町立病院はほぼなくなる。地域でそれなりの存在意義があった病院もあるはずです。効率は悪いでしょうが残るのは外来のみの診療所と、遠隔地の大病院だけ。患者さんはわざわざ遠隔地のホテルにとまり、高い経費(ホテル代)を払い、高コストの手術を受け、直ぐ追い出される。地域医療は崩壊するでしょう。レベルと質を向上させることだけを考え、病院の機能分化を考えてバランスよく、施設の多様性を維持し、活用しないと、かえって効率は落ちてくると考えます。総合的な観点から情報開示は考えるべきです。


>レセプト点検の力も強め、払った診療報酬の疑問や問題点を指摘していくことも必要だ。

 レセプト点検はただただ経済的な抑制のためではないと思います。適正な診療を目的として行うものであります。また査定は全国一律のマニュアルにより、機械的に行うべきではありません。医療のダイナミズムを反映した、弾力的な、個々の症例にあった、ケースバイケースの審査をすべきです。またあまりの経済に偏した査定は、委縮診療を生みます。同時にアメリカで実際起こったごとくの医療の質の低下を招きます。あくまで必要な処置が必要十分に適切に行われることを目的とすべきです。 単に安ければよいという査定には反対いたします。

マネジドケアの失敗(リンク切れ 2021.7.10)


>自民党などへの膨大な政治献金は医師会の政治力の源泉だが、保険料を支払う

>多くの国民に反するような主張を実現させようとするなら、特定政党への政治献 >金は妥当といえまい。

 こういう下品な意見には答える必要を認めません。総じてあまりにも一方的なご意見であり、一国の代表的な新聞の論説のレベルとは思えない。なによりも医療はどうあるべきかの展望に欠ける不勉強な論であると思います。

マスコミ報道に欠けているもの(リンク切れ 2021.7.10)


以下は2000年08月04日毎日新聞社説全文です。上記の文は以下の文に対する反論です。

視点 医師会に対抗できる 保険者機能の強化を

 最近の日本医師会の勢いをみていると、労働争議やストが頻発した1960年 代に「昔陸軍、いま総評」といわれた全盛時の総評を思わせる。  会員数15万人。450万人の組合員を擁した総評に比べ、はるかに少ないが、 その結束力、政治や行政への影響力は総評をしのぐほどだ。  自らの利益を守るためにさまざまな団体が影響力を発揮しようというのは、当 然ではある。しかし、その力の発揮が大多数の国民の利益に反するような形で出 てきた場合は、話は別だ。

 今春から始まるはずだった医療の抜本改革が先送りされた。

 改革案はいくつか出されたが、そのほとんどに日本医師会は異を唱えたことが 大きい。

 薬価改革、カルテの法制化、急性期と慢性期との病床区分、さらに極めつけは 「受診抑制は困る」という理由で、70歳以上の薬剤の別途負担を撤廃させたこ とであろう。

 保険料を払う側の国民とのずれがますます広がっているように見える。それが これ以上広がると、61年に始まった国民皆保険制度が崩壊しかねない。そこに この問題の深刻さがある。

 金と票を背景に自民党に言うことを聞かせる。今の医師会のやり方と自民党の 体質をみると、その構造は当分変わるまい。

 それを変えさせるには、保険料を支払う側の各健康保険組合が、保険者機能を 強化させ、国民大多数の被保険者の利益を代弁していく以外にあるまい。

 約1800の会社健保が加入する被用者健保と中小企業の勤め人が加入する政 府管掌健保、市町村が保険者となる国保などに分かれ、保険者だけで5000以 上も分立している。

 国保は半額、会社健保はゼロと公費補助の違いもあるが、手を携え行動する時 期に来た。

 ひとつは、患者の知りたい病院についての情報をそろえ、提供する。将来は評価機能も持つことであろう。ようやく病院の広告規制は緩和されつつあるが、情報公開は立ち遅れている。

 病院を評価する「日本医療機能評価機構」は5年前にできたが、一般への情報 公開は義務付けられていない。

 ほとんどの患者にとってどこの病院に行けばいいのか、わからない。口コミ以 外にほとんど情報がない、といっていい。

 レセプト点検の力も強め、払った診療報酬の疑問や問題点を指摘していくこと も必要だ。

 連合系労組も、不正請求防止のため医療費の明細書を求める運動を各地で広げ つつある。

 医師と患者の関係は、圧倒的に患者の側が弱い。個人では言いにくい病院に対 する不満や苦情も必要に応じてモノを言うことも保険者なら可能であろう。  残念ながら、保険者の多くは、そうした体制を持っていない。その体制を早く 作るべきだ。

 自民党などへの膨大な政治献金は医師会の政治力の源泉だが、保険料を支払う 多くの国民に反するような主張を実現させようとするなら、特定政党への政治献 金は妥当といえまい。

 元はといえば、公費と保険料と患者自己負担の金なのだ。

 そうした問題も保険者側の日経連や連合の労使、各保険者がもっと言うべきで はないのか。

 保険者が目覚め、保険者機能を強化しないと、21世紀の日本の医療に未来は 開けまい。

(毎日新聞 2000/08/03 23:20:00)