スポーツ傷害への対応とその問題点について【全文】

―― なぜ整形外科スポーツ医を利用しないのか ――

浅野整形外科院長  浅野安郎

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(1)はじめに

 近年、健康志向と共に国民の7割以上が、年1回の散歩等の手軽な運動を含め広くスポーツを親しんでいます。その一方で、スポーツのためにケガや障害に苦しんでいる人も少なくなく、そのためにスポーツをあきらめてしまう人もおられます。本来は、スポーツの専門医である整形外科医の知識や技術を利用すれば、殆どの人はケガや障害が改善・完治して、スポーツを楽しく続けることができます。しかし、実際には専門医をうまく利用できていないのが現状です。

 そこで、日本のスポーツの原点である中学・高校の運動部活動(学校スポーツ)の抱える問題点を整理し、その解決方法を提案致します。

(2)スポーツ医療の真空地帯

 スポーツには、その目的や技術レベルによって、競技スポーツからレクリエーショナル・スポーツ、健康スポーツなどがあります。また、健全な心身を育成するために中学や高校で行われる学校スポーツなどがあります。

 これらのうち、プロやトップレベルのアマチュアスポーツでは医学的な健康管理が主催者や管理者に義務付けられており、実際にスポーツ専門医の診療だけでなく常時指導や助言を受け入れる体制にあります。しかし、それ以外のほとんどの競技者は継続的な医学的健康管理が行われないまま放置されていると思われます。いわばスポーツ医療の真空地帯でスポーツを行っていると言えます。この真空地帯を埋めるものは、無関心や迷信、あるいは民間療法にすぎません。こういう状況下で、組織的にしかも大規模に行われているのが学校スポーツなのです。

 しかし、障害の危険性はスポーツのレベルに関係の無いことを考えますと、この真空地帯を黙認できないことはいうまでもありません。

(3)治療を受けたがらない競技者

 学校スポーツの競技者である中高生自身は、充分な判断力を持ち合わせていないので、実際には保護者や指導者などの関係者の問題であるといえるでしょう。

 私がスポーツ校医をしている学園で調査したところ、ケガや障害のために整形外科医やスポーツ専門医を受診する競技者は約1割であり、非専門医や民間療法に頼るのは約2割、残りの7割はどこも受診せず放置しており、さらなるスポーツ校医活動の必要性を感じさせる結果でした(表1)。ここで問題なのは、治療をしないで放置している学生たちの多さもさることながら、その大多数がケガや障害は治療の必要がないと思っていたことでした。

 一般に、スポーツが続けられる限りケガや障害に対して「放置しても自然に治るだろう」「スポーツをする以上多少の不具合は当たり前」という誤った認識を持っている競技者とその関係者は少なくないように思います。傷害が軽く、運良く改善する場合もありますが、時に傷害が長期に渡ることがあってもその認識を変えることなく、やがてスポーツが思うようにできなくなって初めて悩み出すことになります。これは明らかにスポーツ傷害への誤解によるもので、他の病気と同様に、スポーツ傷害にも早期からの適切な診断治療が必要だという事を示しています。

 一方、整形外科スポーツ医を受診する競技者の多くは、必要ならばスポーツを中断し適切な治療に同意します。それが最も安全で、しかも最短時間で競技に復帰できる、現在とりうる最善の方法だと保護者共々理解できるからです。

 しかし、どうしてもスポーツの中断や治療に同意できず、継続を希望する競技者がいるのも事実です。競技可能なのに止めさせる医師はおらず、それなりの理由があるわけですが、あえてスポーツを継続する為、次善の、場合によっては最悪の治療を希望することがあります。これはスポーツに対する熱意の倒錯した表現であり、学校スポーツの目的の誤解であると同時に、やはりこれもスポーツ傷害への誤解に基づくものです。すなわち、スポーツ傷害も早期に適切な治療がなされなければ進行し、場合によっては不可逆的な後遺症を残すことが心配されます。

つまり、競技者や関係者のスポーツ傷害に対する誤解や知識の少なさと、スポーツに対する誤った熱意があいまって、治療を受けたがらない傾向が生まれるのだと思います。

放  置162名71%
整形外科受診25名11%
他科受診24名11%
民間療法16名7%
227名100%
表1 有傷害者の受診状況

(注 釈)平成16年度に、整形スポーツ医を受け持っている学園の運動部の中高生に直接面談を行った。
対象はスポーツ継続に少なからず支障を感じる学生であり、些細な障害は除いた。

(4)悩める指導者

 本来、スポーツは適切な方法で行われるべきで、不適切なトレーニングを行なったりすると障害が発生しやすいことがわかっています。例えば、誤ったフォームで野球の投球やバレーボールのスパイク、テニスのストロークなどを続ければ肘や肩を痛め易いし、うさぎ跳びやスクワットジャンプのような不適切な運動は膝蓋腱炎の原因になります。さらにケガが発生した場合、現場の関係者は的確に対処方法を決定し、すばやく実行に移す必要があります。

 したがって、そのほとんどが初心者である部活の現場には、高度な技術と熟練を要する指導者が適任なのでしょうが、少なくとも、それなりの知識と経験ぐらいは必要なのです。

 ところが、中学・高校のクラブ活動の指導者は、学科担当教諭が掛け持ちすることが多く、通常の学科の実務に追われる中で、トレーニング理論・実践やスポーツ傷害に対する知識を習得する余裕などありません。そのような環境の中で、彼らは自分が指導している部活の好成績を求められると同時に、競技者の健康管理の責任を負わされている現状があります。

 そして、その相反する要求に応じる結果、スポーツ傷害をきたしたり、その可能性のある競技者を徹底的に排除し、優秀で頑丈な競技者だけのチームを作り上げる熱血指導者や、極端に健康管理責任に怯え危険なことは何もさせない消極的な指導者を生むことになります。実際には、多くの指導者はこのような八方塞の状況の中で悩みながら、そして粛々と部活の指導をしているのではないでしょうか。いずれにせよ、指導者にとっても決して望ましい環境ではないのです。

(5)限界を感じる専門医たち

 整形外科スポーツ医はスポーツ傷害に対する豊富な知識と経験を持っていながら、実際にはそれが社会に生かされていません。専門医の立場から言えば、「患者さんが来ないから」という単純な理由なのですが、法律上、医師個人の広告が禁じられており、学会単位の宣伝を行ってもスポーツ医療の必要な人には殆ど届かないし、届いても理解されない現状に多くの医師は限界を感じています。

 スポーツ医療が理解されていないと最も感じるのは、スポーツの中断を伴う処置が最善の治療だといくら説明しても簡単に拒否され、ひたすらスポーツを継続することだけを要求される場合です。病状を充分説明し、悪影響まで納得の上で患者が望めば、医師はそれに理解を示さざる得ない立場にあります。自分の家族であれば避けたい処置を、これは最善ではないと自他に問いかけながら行う矛盾した現状に少なからずぶつかる時に、ひたすら無力感を覚えます。

 すなわち、競技者と指導者のスポーツ医療への無理解と健康・育成スポーツへの誤った思い入れが、整形外科スポーツ医たちの限界を形成し、逆にその限界は競技者の健康への障壁にもなっているのです。

 さらにスポーツ障害の治療を妨げているもう一つの限界があります。この種の治療は医学的治療だけでは完結せず、スポーツ実践において直接に作用した発症原因まで明らかにし、これが競技者や関係者に認識され、改善の方法が採られる必要があります。ところが、競技者は自分のトレーニング方法やプレー中の動作が不適切だとしても、これに疑問を感じていることはめったになく、診察室ではたとえ専門医であってもその改善方法を見出すことは不可能であり、自ずと限界があります。

 この問題には、現場の指導者とスポーツ環境や競技者の個人的スポーツ特性を検討しながら治療の道筋を決める必要がありますが、たった一人の競技者の為に指導者がこんなに手間のかかる治療方法に同意することは困難な現状です。

(6)障壁を破る連携プレー

まず、私の経験した2症例を供覧します。


―症例 1―

公立中学2年生男子。足関節外踝剥離骨折。サッカー部活中に受傷し、同日夕、母親と来院。レントゲン写真にて確定診断後、ギプス固定による治療を推奨。はじめ拒否した本人に、母親と説得し承諾を得た上で半肢ギプス固定を行った。一週間後、母親とともに再診。前回固定したギプスは近くの民間施術院にて既に除去されており、足関節の腫脹・疼痛著明。競技者は今後どのような後遺症が残っても良いからギプス固定をしないで治療をして欲しい、サッカーがプレーできる程度に痛みをとってくれればあとは我慢する、これは監督の指示でもある、という。母親もこれに同意している。それがいかに無謀で危険な要望かを説明したが翻意できず、その場は保留とし、翌日再度医院でサッカー部の指導者(中学校教諭)、競技者、母親と4者で話し合った。

ここに至る数々の誤解に基づいた経緯と事情を整理してみます。

1. 指導者は競技者から「ただの捻挫だ」と聞かされた。

2. 指導者は筋力が低下するから捻挫に対してギプス固定はいけない治療であり、トレーニングをしながらでも自然に治るものだと誤解している。

3. 指導者、競技者と母親は、民間療法師から「テーピングとマッサージで治癒する、トレーニングも大会も通常通りやってよい」といわれ、安心し、逆にギプスを巻いた医師を不審に思った。

4. 競技者は大切な大会を控えており、何としてもトレーニングを続けて大会に出場したかった。

5. 競技者と母親はギプスを外したが、症状がひどくなり、どうしてよいか分からなくなり再来した。

 あらためて3者にギプス固定の重要性と放置した場合の危険性を説明したところ、とりわけ指導者の理解を得ることができた。彼とともに競技者と母親を説得し、最終的にギプス固定治療の同意を得た。

 その後の経過は良好で、約6週間で競技に復帰し、現在後遺障害もない。


―症例 2―

 私立高校2年生女子、水泳部。水泳肩(腱板疎部の痛みと肩峰下滑液包炎)。高校1年時から、安静にて改善、トレーニングにて悪化を繰り返す右肩痛を有す。大会終了後、疼痛著明となり来院。2週間のリハビリ等の治療にて改善したが、トレーニングを再開すると右肩痛が再発。当院の約2ヶ月間治療の期間中も再発を繰り返すので、学校に出向き、指導者・競技者と面談を行った。指導者に競技者のフォームを改めてチェックしてもらったところ、クロールで水をかく肩の肢位が常に内旋気味にあることが判明(いわゆる「水車回し」)。そこで、フォーム矯正を試みると、肩の症状は改善し、その後再発は見られなかった。この症例の水泳肩の原因はフォーム異常の可能性が高いと推測された。


 供覧した2症例のスポーツ外傷と障害のどちらも、競技者と専門医だけの治療では限界があり、指導者や保護者など競技者を取り巻く関係者の協力が必要不可欠でした。このように御互いに納得し協力し合ってしか、良い結果が生まれないケースが、日常的に少なからずあることに気付かされます。

 現在、競技者のスポーツ傷害について指導者と整形外科スポーツ医が協議する習慣はありませんが、そろそろその障壁を破り、連携して競技者の救護を行う時期にきているのではないでしょうか。必要時には、受診した競技者ごとにその指導者と話しをし、治療に有用な情報を得る一方、傷害の状況や治療及び予後について情報を提供し、治療への協力を得やすい環境を作り出す事が、整形外科スポーツ医に求められているのではないかと思います。

(7)手付かずのスポーツ医療環境への提案

 スポーツ傷害を巡る学校スポーツ環境の問題を取り上げてきましたが、様々な方面からの組織的な協力がとても重要だと感じ、ここに、3つの提案を致します。

1.学校スポーツ医制度の確立

 他科と比較しても、有病率では整形外科的、特に運動器のスポーツ傷害が多い現状を考えると、学生の健全な育成と安全のために整形外科スポーツ医が校医である必要性は高く、また継続的な整形外科スポーツ医の関与によって、スポーツ傷害の早期発見・治療のみならず、予防することも可能になり、競技者の時間的、経済的負担の軽減や医療費の削減に寄与することが可能です。 一方、指導者にとっても健康管理業務の軽減だけでなく、競技者の運動能力の強化やチーム力の増強に有利と思われます。

2.スポーツ傷害治療ガイドラインの作成

 非専門医、指導者の為のガイドライン作りが必要です。学校スポーツの現場では、迷信や誤解、民間療法に入り混じって最新のスポーツ理論が不完全に取り込まれ、それぞれがモザイクを形成している状況であり、スポーツ傷害に最も適切とされる治療、対処方法を明確に示す必要があります。特に指導者、競技者のために外傷、障害の治療ガイドラインを示すことは、彼らが安心してスポーツを行うために、またスポーツ医療全体の信頼性を得るためにも重要なことです。

3.スポーツ診療の保険適応

 現在の公的健康保険では、面談時間に応じた診療報酬の配慮は皆無です。 指導者との面談は、診療時間を割いての無料奉仕であり、フォームの分析やスポーツ復帰のための特殊なリハビリに対しても保険で全く評価されていません。時間と医療資源を多量に消費する割には収益の見込めない部門であるのに、整形外科スポーツ医がスポーツ診療を行うのは、他部門の収益を犠牲にしてでも、競技者の夢を育もうという情熱があるからです。今後の医療費削減政策により経営が悪化すれば、多くの医療機関でスポーツ診療が敬遠される事態に成りかねません。スポーツ診療に対する保険上での正当な評価が急務だと考えます。

(8)まとめ

 現在、医療の及ばない危険な状態で行われている学校スポーツの状況を改善する為に、整形外科スポーツ医と競技者及び関係者との協力が不可欠です。症例毎にスポーツ医の方から指導者に直接働きかける治療方法は非常に有効ですが、個々の医師に頼るのは限界であり組織的な改善が急務だと考えます。


参考文献

「社会生活基本調査」 調査機関;総務省統計局 5年周期刊

「学校の管理下の災害-19 -基本統計-」;独立行政法人日本スポーツ振興センター

「アマスポーツNOW5-6」;中国新聞運動に付き物のけが