日本の適正な医療費の計算

剛整形外科クリニック 新渡戸 剛


 今までの医療人は、医は仁術と言われ、医療の経済的側面に言及することの、気恥ずかしさがあったり、もう一つは公共を背負っているのだから、社会がなんとかしてくれるだろうという甘えがあったようです。しかし状況は変わりつつあり、自己選択と自己責任の時代、説明責任を問われる時代、現実的にいえば医療業界が雇用を守る先頭に立たなければいけない時代が到来しつつあります。
 その責任を果たすためにも、合理的な医療費の水準について医療人も積極的に発言を始めるべきです。
それでは、現在国が赤字財政と嘆いている、健康保険財政は本当に苦しいのでしょうか。

1、国保の財政

 日医総研が行った、1999年度の国民健康保険(国保)の財務分析があります。マスコミは1999年の国保の収支を1,190億円の赤字と発表しています。しかし同年の事業年報を見ると3,012億円の黒字決算です。
  これはマスコミ発表分は、市町村の単年度の一般被保険者の収支を載せたもので、退職被保険者分がはずされており、これを合算すると1,245億円の当期純利益となり、これに繰越金や、積立金のとりくずしなどを加えると事業年報の額になる。また、組合国保分を合算すると1,460億円の純利益となります。
2、国保の未収分は年間4,000億円もあり、徴収方法と徴収率を良くするだけで、国からの繰入金がいらなくなります。

2、社保の財政

さらに、日医総研の1999年の被用者保険(社保)の財政分析です。


1、マスコミの発表で、は1999年の被用者保険(社保)の収支は3,163億円の赤字。
この数字は、政管健保の、単年度収支の会計の一部だけをとって、赤字としています。同年の財務省の発表では1,100億円の黒字となっている。このからくりは、事業運営安定資金(積立金)を、繰り越し損失に計上したり、固定資産を計上しなかったりという、小遣帳なみの単式簿記による、決算書のためです。これを企業会計なみの、複式簿記で計算すると、△41億円でトントンとなります。正味財産は5.2兆円あります。

2、保険料は、普通事業主と被保険者が、50%づつの折半で支払っていますが、そうでない業種もあります。
保険料率80/1000未満を、享受している被保険者が30%もあり、特殊法人の本人負担分は、わづか20~30%です。
これから、高齢化社会になり、毎年被保険者は、減少してくるので、財政が逼迫してくるのは当然です。しかし、ひとつの案として、毎年の賞与に、毎月の賃金と同様の保険料を課すだけで、あと10年は、破綻しないと結論しています。

3、医療の経費

以上のことから、日医総研では、約320万人の医療従事者がいる、日本の合理的な医療費の計算をしています。

人件費(賃金と福利厚生費) 年間17兆6千億円
管理費(消費税対象分も含む)  11兆2千億円
外部購入費用(消費税込み)   3兆1千億円
再生産費用     8兆2千億円
 総 計 約40兆円

 

 

 

 

 

 

年間に、最低約40兆円の医療費が必要なのに、実際の医療費は、30兆円しか支払われていません。毎年10兆円が不足しているのです。この10兆円分は、上記の再生産費用分を考えてもらえていないことになります。


 再生産費用というのは、一般の企業の経常利益にあたるもので、これがなければ借入金の返済が、出来ないばかりか、建物の建て替えなどのハードウエア、人的充実などのヒューマンウエア、新技術の開発などのソフトウエアの再生産が不可能になります。今回の再生産費用の算定にあたっては、公共事業の各業種の一人当たりの経常利益から計算して、もっとも高い電力の12兆3千億円から、もっとも安い鉄道の4兆9千億円などの平均を、とって算定したものです。
 でも、国民が、再生産の必要がないということであれば、認められない費用ということになります。
 わたしたち医療従事者は、毎年10兆円不足の中から、ぎりぎりの線で再生産費用を捻出しているのです。
 最後に、我が国の医療費は、毎年10兆円不足の状況にあり、このままでは、人材の確保、技術開発いずれの点においても、他産業とのあるいは、国際的な競争上敗北せざるをえません。
 そこで国民生活を守るための、公共サービス産業を担うものとしては、将来の国民の安定的な生活基盤を担保するために、再生産費用を、堂々と要求すべきであり、同時に評価に値する再生産を行うための、努力をしなければなりません。
この適正な医療費の、実態を広く皆さんに知ってもらって、ゆくゆくは再生産費用も含めた医療費の必要性を理解してもらいたいものです。


参考文献
日医総研ワーキングペーパー(www.jmari.med.or.jp
 1、合理的な医療費の計算
 2、国民健康保険の財務分析(1999年版)
 3、被用者保険の財務分析(1999年版)