歩く健康法
藤田整形外科医院 院長 藤田芳憲
要約
内科的疾患の中には歩行運動を始めとする運動療法を推奨されることが多いのですが、整形外科医から見ると整形外科疾患を持っている患者さんの中には、慎重に歩行運動を考えてもらいたい方や歩行運動の代わりに他の運動を推奨したい方もおられます。歩行に関しての正しい知識を身に付けて下さい。転倒予防で整形外科医として推奨する運動はロコモ体操です。
より詳しくはロコモを見てください。
1.はじめに
最近の健康ブームで歩行運動がクローズアップされていますが、特に内科疾患改善のために運動を勧められて実行したものの、足腰の持病が悪化したり顕在化して歩行障害を訴えて整形外科を訪れる患者さんが多くなっています。歩くだけが運動ではなく、適切な運動方法や時期を考えなければ、「歩く健康法」も逆効果にもなりかねません。
2.歩く効果
昔から歩くことは健康に良いと言われてきましたが、我が国では儒学者の貝原益軒(1630~1714)が、江戸初期に自ら84歳の長生きを実践しながら、古代中国の養生に関しての多くの資料から纏めたと言われる養生訓があります。
「身体は日々少づつ労動すべし。久しく安坐すべからず。毎日飯後に、必ず庭圃の内数百足しづかに歩行すべし。雨中には室屋の内を、幾度も徐行すべし。此如く日々朝晩(ちょうばん)運動すれば、針・灸を用ひずして、飲食・気血の滞なくして病なし。針灸をして熱痛甚しき身の苦しみをこらえんより、かくの如くせば痛なくして安楽なるべし。」の一節が特に有名ですが、現代においては以下の事が医学的に証明されています。
1)生活習慣病を予防・改善し、老化を防止する
歩くことで血液循環が良くなり心臓の収縮で血管自身も運動するので、血管そのものの働きも良くなり循環器全体が活性化し血圧が下がると同時に心臓の負担も少なくなり循環器系の生活習慣病を予防することができます。
2)生活習慣病の引き金となるコレステロールを減少させる
歩くことで「善玉」コレステロールが増え「悪玉」コレステロールが減少することが証明されており動脈硬化を防ぐことができます。
3)糖尿病を予防することができる
糖尿病はインスリンホルモンの不足による代謝異常で血中のブドウ糖の量が多くなる病気ですが、若い頃から運動を定期的に行っている人はインスリンの分泌が悪くてもインスリンの働きが活発なので糖尿病になりにくいと言われています。歩くことで肥満を防ぎインスリンの働きを活発にするので糖尿病を防ぐことができます。
4)骨を丈夫にし、骨粗鬆症を防ぐことができる
歩くことで骨に含まれるCaの流出を防ぎ、骨を作る骨芽細胞の働きを活性化して骨粗鬆症を予防することができます。
5)認知症(呆け)防止、更に頭を良くする
歩くことで足の緊張筋を動かし、脳に覚醒信号を送り脳はいつも刺激を受けることなり脳細胞が活性化して呆けを防ぐことができます。更に有酸素運動で酸素が大量に体内に取り込まれることによって脳細胞にも大量の酸素を送り込むことができ、脳の働きも良くなります。
6)肥満を解消する
歩き始め20分前後までは歩くエネルギーとして「炭水化物」が消費されます。しかし20分過ぎからは「脂肪」が右上がりのカーブを描いて消費されます。肥満の元凶である脂肪を消費するには、30分以上歩くことが必要です。
7)ストレスを解消する
歩く(有酸素運動)ことで全身の血液循環が良くなり、自律神経の調節がなされてストレスを少なくすることができます。じっとしているよりも歩くことで気分転換がなされ、精神的に安定してストレスを解消することができます。
3.歩ける状態でしょうか
誰しもが歩いて良いわけではありません。歩いてはいけない時期もあります。「歩いてよい状態か。歩ける能力は、どの程度歩いて良いのか。内科疾患は。整形外科疾患は。運動器不安定症なのでは。ロコモティブ・シンドロームなのでは。」等のチェックが必要な人もおられます。歩行に関して注意する代表的疾患を下記に記しましたが、歩き出す前に運動器に関しては整形外科医他に相談することも非常に大切です。
1)内科疾患と症状(日本臨床内科医会リンク)
心臓疾患 胸苦しさや肩への放散痛はありませんか。
呼吸器疾患 息切れはありませんか。
腎臓疾患 足のむくみ等はありませんか。
肝臓疾患 最近疲れやすくはないですか。
2)歩行時の痛みと代表的整形外科疾患
膝関節痛 変形性膝関節症、変形性股関節症
股関節痛 変形性股関節症、変形性脊椎症
項痛・腰痛 変形性頚椎症、変形性脊椎症
下肢痛・しびれ 腰部脊柱管狭窄症、坐骨神経痛、静脈瘤
足痛 足底腱膜炎、アキレス腱周囲炎、モルトン氏病、外反母趾
3)変形性膝関節症など
歩行に際して上記のように多くの疾患が妨げになりますが、整形外科疾患で歩行障害を訴える頻度が最も多いと思われる変形性膝関節症は、日本での患者数は1,200万人で、要治療者は700万人と言われています。中高年になって膝が痛む病気の中で最も多い疾患ですが、加齢、肥満、けがなどにより、関節の軟骨が磨り減り、さらに骨が変形することで痛みを生じる病気です。日本人の場合、O脚が多いために内側の関節面が変形するタイプが多く、この場合歩行をすればする程、関節の変形が進むことが考えられます。過剰な体重をかけないような筋力訓練を行なったり、屋内自転車漕ぎやプールでの歩行がお薦めですが、どうしても屋外歩行されたい方は、靴の中敷で外側を高くする楔状型の足底板等を上手に利用しまし ょう。
次に歩けないとよく相談される腰部脊柱管狭窄症がありますが、この場合は腰や背中を前傾すれば、下肢痛の原因である圧迫された神経が除庄されて歩行しやすくなります。どちらの疾患も安静にしなければならない時期や歩行を含めた運動を開始して良い適切な時期がありますので、お近くの整形外科医に病気の状態を診てもらって相談されて下さい。
4.歩き方
「やや大股で、かかとを意識し、大地を踏みしめるように着地する。なるべく膝を伸ばし、曲げない気持ちで歩く(多少曲がってもOK)。体重を踵からつま先に滑らかに移動させ足先で蹴る。」というのが理想的な歩き方と言われますが、全ての人がこういう歩き方ができるわけではありません。歩く速さや距離も考えて、ご自分に合ったスタイルや補装具(杖、足底板、コルセット等)を使って歩行することも大切です。
5.歩行運動の豆知識
1)その日の体調管理はできていますか。ウォーキングに無理は禁物ですよ。
2)歩き易い格好と転倒などの緊急時の備品の用意も大切です。
服装・靴・帽子・水筒・タオル・携帯・身分証明等。
3)上手な水分補給をしましょう。汗をかくことが分かっている場合は、あらかじめや早めの水分補給が大事です。
4)日差しが強い暑い日は、日射病や熱射病には気をつけましょう。
特に、めまいや頭痛や吐き気がしたら要注意です。
5)ウオーキング中は笑顔を絶やさず、常に笑顔が作れる余裕をもちましょう。
逆に言うと笑顔がなくなるペースではやるべきではないし、長続きもしません。
6)30分を目安に自分のペースで、上り坂より下り坂を丁寧にゆっくり行いましょう。
7)歩行の前後にストレッチを取り入れましょう。歩行の前には筋肉の緊張を弛めるストレッチが必要で、歩行の後はリラクゼーションを行うことが、筋筋膜痛症候群の防止にもなると思います。